「私ね、吸血鬼だったの」
「・・・・・・・へぇー・・」
「アラ、驚かないのね」
「いやあー」


彼女はいつもこうだ。
突然私に突拍子も無い話題をふってきては、私の反応を楽しむ。
出会った頃は毎回のように驚いていたが、初めて会ったあの日から早3年、流石にこのくらいのことでは驚かなくなった。
勿論、私だって普通の人が「吸血鬼だった」なんて言い出したって、ハナから本気だと思って聞いたりしない。
だが、彼女については別なのだ。彼女が言うと、どんな有り得ないようなことでも、現実に起こったような錯覚を起こす。


「・・ねえ、聞いてる?」
「えっ?あ、いや、すみません・・その、聞いてませんでした」
「でしょうね」


彼女はさもつまらなさそうに溜息をついた。
どうやら私の反応が彼女のお気に召さなかったらしい。
こんな時、決まって彼女は私に「ねえ、聞いてる?」と言ってくるのだ。
先ほどの会話から、彼女の例の台詞まで、特別彼女も私も何も言っていないのだが、彼女にとって面白くないことがあると必ずそう言ってくる。彼女の癖だ。


「で、どうしてアスミさんは吸血鬼だったんですか?」
「血統書を見たの」
「アスミさんの家の?」
「えぇ、私の部屋のクローゼットにね、大きなトランクがあるの、わかる?」
「あーはい、わかります、あの大きい・・」


彼女の部屋には、どちらかというと衣装部屋と呼んだほうが良い位の広さの“クローゼット”がある。
アスミさんの家に初めて訪れた時、迷い込んだ場所だ。
そこには、これまた大きなトランクがある。
アンティークだと思われる木製のそれは、彼女曰く、宝箱ならしい。
私が見る限り、玩具箱、という表現の方が正しいような気もする。


「それでね、昨日の夜ちょっと探しものをしていてね、あの中漁ってたのよ」
「そしたら・・見つけたと?」
「そう!そうなの!」
「へーあれ、でも血統書って普通犬とか動物のじゃないですか?
アスミさんだったら家系図とか・・」
「いいのよ、血統書のほうがかっこいいじゃない」
「そうですか・・?」
「そうよ」
「そうですか・・・」


私にはアスミさんの言うかっこよさがイマイチ理解できないのだが、彼女自身が非常に満足しているようなので、とりあえず何も言わないでおく。


「あれっ、じゃあアスミさんって血とか吸っちゃったりするんですか?」
「ふふ、良いところに気がついたわね」


アスミさんは楽しそうに笑った。
私は別に楽しくないのだが、彼女が笑うと私は嬉しくなる。不思議だ。


「私ね、実はトマトジュースが好きなのよ」
「えっ?ああ・・そういえば毎朝飲んでますね・・」
「私もね、どうしてあんなにトマトジュースが好きなのかよくわからなかったんだけど、これって私が吸血鬼の血を引いてるって証じゃないかしら?」
「そ、そうなんですかね?」
「そうよ!私が吸血鬼の血を引いてるなら、私が毎日三食トマトジュースを飲んでいてもおかしくないでしょう!?」
「三食だったんですか・・」

力説するアスミさんに、私は「そうですね」とだけ言った。
彼女は満足そうだった。
とりあえず、今夜も私はトマトジュースを買って帰らなければいけないらしい。



2007,11,29